【寄稿者:1級FP・CFP 紗冬えいみさん】
長期にわたって返済していく住宅ローン。ライフステージや収入の変化によって、繰り上げ返済を考える方が少なくありません。この記事では繰り上げ返済をする前にしっかりと考えておきたい3つのポイントをご紹介します。
早く返済すれば必ずしも楽になるわけではありません。無理な返済は家計に大きなダメージを与える可能性があります。実際に繰り上げ返済をおこなう際の注意点や繰り上げ返済の種類についても解説していきます。
事前にきちんとシミュレーションをおこない、ご自身・ご家庭に合った無理のない返済計画を立てましょう。
住宅ローンの完済にかかる期間
住宅ローンといえば30年ほどかけて返済していくイメージを持っていませんか。
住宅金融支援機構が発表している「2020年度 住宅ローン貸出動向調査」によると、完済までの平均は16年だそうです。
完済期間が短くなる要因
数字を見ると「やっぱりみんな、繰り上げ返済しているんだ」と感じますが、返済期間が短くなる理由は繰り上げ返済だけではありません。借り換えや住み替えによる完済も要因となります。
とくに借り換えでは新たに住宅ローンを組みますので、トータルして見ると返済期間が長くなる場合もあります。住み替えの場合も、新しくローンを組むのであれば借り換えと同じことが言えます。
長期化する完済期間
住宅金融支援機構の「2020年度 住宅ローン貸出動向調査」を見ると、2016年度以降、住宅ローンの貸出期間、完済期間ともに長期化しています。貸出期間は25.6年から27.0年へ、完済期間は15.0年から16.0年と延びているのが分かります。
長期化の要因
長期化の要因は、大きく以下の2つが考えられます。
• 繰り上げ返済の減少
• 借り換えメリットの低下
繰り上げ返済が減っている理由には住宅ローン控除の利用と低金利が挙げられます。
住宅ローンを利用し、条件を満たすと住宅ローン控除が受けられます。簡単にいうと「毎年の住宅ローン残高の1%(2022年度より0.7%)を10年(2022年度より13年)にわたって所得税から差し引ける」制度です。制度の利用と長引く低金利によって積極的に繰り上げ返済するメリットが減り、完済の長期化につながっています。
借り換えについても、長引く低金利の状況下では利息負担の軽減効果が薄れるため、メリットを享受しづらくなっています。
繰り上げ返済をおこなうメリット
住宅ローンを繰り上げ返済するメリットは、利息負担の軽減です。繰り上げ返済をおこなった元金の分、利息の支払いを減らせます。全額繰り上げ返済、一部繰り上げ返済のどちらでも、返済した元金に応じた利息をカットできます。
繰り上げ返済をおこなうデメリット
住宅ローンを組む際、多くの方が繰り上げ返済を視野に入れているそうです。繰り上げ返済にはメリットもありますから、事前に計画しておくことはとても大切です。しかし考慮すべきデメリットを忘れてはいけません。
繰り上げ返済のデメリットは資金不足に陥るリスクです。繰り上げ返済をおこなえば、住宅ローンの元金と利息負担を減らせる一方で大きな支出となり、手元の貯金も大幅に減少します。
とくに「返済期日短縮形」を選択した場合、繰り上げ返済しても毎月の返済額は変わらないため、資金不足に陥りやすくなります。長きにわたって家計に与えるリスクを考えて、貯金を確保しておく必要があります。
繰り上げ返済する前によく考えたい3つのポイント
繰り上げ返済のメリットとデメリットについてご説明しました。また家計へのリスクを考慮する大切さにも触れました。ここではさらに具体的に、繰り上げ返済を検討するにあたって深く考えておきたいポイントを3つご紹介します。
1. 手元にじゅうぶんな貯金があるか
あくまで目安ですが、繰り上げ返済をおこなう際に目安となる貯金額は「生活費の2年分以上」です。たとえば給料の減少や失業などが起こったときを考えてみます。日々の生活を送り、就職活動にも取り組んでいける額となると、2年分あれば安心できるのではないでしょうか。
人によって考え方は違うので、1年分でじゅうぶんな方も、3年分ないと安心できない方もいらっしゃるでしょう。何かあったときにどれだけの貯金があれば安心できるか、具体的に考えることが大切です。
2. 将来起こりうるライフイベントへの備えはあるか
今現在の貯金額だけでなく、将来のライフイベントにかかる支出についても考えましょう。
たとえば奥さまの産休・育休・時短勤務による収入減、お子さんの進学などです。産休から育休・時短勤務を経てフルタイムに復帰するまで5年ほどかかると考えれば、5年間は今よりも収入が少ない状態が続きます。またお子さんが大学・専門学校へ進学する際は大きな出費になりがちです。
こうしたライフイベントを乗り越えられるかもしっかり確認しましょう。不安な場合は手元資金を優先し、見通しが立ったときにあらためて考えることをおすすめします。
3. 住宅ローンそのもののメリットを理解しているか
住宅を購入するとき、手元の資金不足や将来への備えを考えて住宅ローンを組んだはずです。つまり目先の支払いを後に回し、分割で払っていく選択をしました。
住宅ローンのメリットは大きな金額でも時間をかけて、無理のない範囲で返済していける点です。その代わりにコストとして利息を支払います。
繰り上げ返済で得をするのは「完済」したとき
返済期間が短くなる「期間短縮型」の繰り上げ返済を10年間に2回、100万円ずつおこなったとします。繰り上げ返済後も毎月の返済額は変わりませんから、繰り上げ返済をしなかった場合に比べて、10年間で200万円多く手元資金を削ることになります。住宅ローンを完済したときにはじめて、毎月の出費減や早く支払い終えた分の利息軽減の恩恵を受けられるのです。
繰り上げ返済の4つの注意点
実際に繰り上げ返済に踏み出す場合、さらに注意したいポイントを4つ解説します。
1. 住宅ローン控除の不適用・減額の可能性
住宅ローン控除の適用条件の1つに「返済期間が10年以上であること」があります。繰り上げ返済によって返済期間が10年以下になると、住宅ローン控除を受けられなくなるかもしれません。繰り上げ返済後の返済期間と、住宅ローン控除が受けられるかどうか、あらかじめ確認しておきましょう。
また繰り上げ返済をおこなうと住宅ローンの残高が減少します。住宅ローン控除は年末の借入残高に応じて計算されるため、引き続き住宅ローン控除を受ける場合でも、控除額が減少する可能性があります。
2. 利息負担があまり減らない可能性
利息負担の減少が住宅ローンの繰り上げ返済によるメリットだとお伝えしました。住宅ローン金利には固定・変動と種類がありますが、どちらも低水準で推移しています。
2012年から10年間の住宅ローン金利を見ると、フラット35は2019年頃から上昇傾向にあるものの、2012年に比べると低い水準。大手銀行の住宅ローン金利(変動)は10年を通じて1%以下で推移し、2021年には0.5%を割りました。
こうした低金利の状況では繰り上げ返済による利息軽減の効果が少なくなってしまいます。
3. 資金不足に陥る可能性
先ほどと重複になりますが、繰り上げ返済をおこなうと手元の資金が減ります。失業や給料の減少による収入減、病気やケガによる支出増と、思わぬトラブルが起きればさらに手元の資金が削られ、生活を圧迫する可能性があります。
4. 手数料がかかる可能性
金融機関によっては、繰り上げ返済に手数料がかかる、繰り上げ返済の最低限度額が設けられているところがあります。また一部繰り上げ返済と全部繰り上げ返済で、手数料に差がある金融機関もあります。借入先に確認しておきましょう。
繰り上げ返済の種類
住宅ローンの繰り上げ返済には「期間短縮型」と「返済額軽減型」の2種類あります。それぞれの違いを認識し、ご自身に合ったタイプを選択する必要があります。
期間短縮型
残りの返済期間を短くするタイプです。
繰り上げ返済をおこなっても、毎月の支払い額は変わりません。ただし返済期間が短くなった分、もともとの契約で支払うはずだった利息を減らせるメリットがあります。返済額軽減型を利用する場合に比べて、利息の軽減効果は大きくなります。
じゅうぶんな手元資金とライフイベントへの備えを前提に、「定年退職までに完済したい」といった方におすすめです。
返済額軽減型
残りの返済期間はそのままにして、毎月の返済額を減らすタイプです。
転職や退職による収入減やお子さんの教育費など、状況によって家計も変化していきます。住宅ローンによる毎月の支出を下げたい場合に有効です。期間短縮型よりは小さくなりますが、利息の軽減効果もあります。
住宅ローンを繰り上げ返済をするなら事前のシミュレーションが重要
住宅ローンを繰り上げ返済するか、しないか。繰り上げ返済をするなら期間短縮型にするのか、返済額軽減型を選ぶのか。いつまでに完済したいか、いくら繰り上げ返済をおこなうか。毎月の返済額をいくらにするのか…。
具体的な数字を使って比較し、考えることが重要です。JLsim住宅ローン・シミュレータを利用すれば借入金額や利率、返済期間など数字を入力するだけで、自動で計算をおこなってくれます。
また繰り上げ返済を考えるにあたって、毎月の生活費や将来のライフイベントでどれぐらい必要になりそうか、どれぐらいの貯金を確保しておきたいかについても、事前に把握しておきましょう。
住宅ローンの繰り上げ返済は慎重に
住宅ローンの繰り上げ返済にあたって、事前にしっかり考えておきたい3つのポイントや4つの注意点を中心にお伝えしてきました。
繰り上げ返済は大きな出費となります。まず大切なのは手元の貯金、将来のライフイベントへの備えを確保です。「早く払い終えたい」、「利息の負担を減らしたい」と安易に判断するのではなく、具体的な数値を用いてきちんとシミュレーションをおこなった上で、慎重に判断しましょう。
【寄稿者: 紗冬えいみ プロフィール】
1級FP・CFP。証券会社、税理士事務所を経て、Webライターに転身。
書ける1級FPとして、投資・経済分野を中心に記事制作に携わる。
「投資の世界をやさしいことばで満たす」をモットーに、企業の業績分析ブログ100本以上ほか、投資の始め方に関する記事や、社債発行に関する記事などの実績を持つ。
サイト:https://amy-sato.hp.peraichi.com/
※JLsim編集部注※
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